人生綱渡り

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最近のマイブーム

どうも、QWHRです。
もはやツイッターでやれレベルに話題が薄っぺらいですが、自分の最近はまっているゲームに関して。

前々からちょっと話には聞いてましたが、『スペースエンジニア』、とうとう買ってしまいました。
マインクラフトが自分が求めるゲーム像にとてもよく合っていたためドハマりしていた訳ですが、それも暫くすれば欲が出てくる訳で…。

まず、敵の攻撃が甘いです。その辺の土かき集めて積んだだけの壁で何とかなっちゃいます。
最悪進撃の巨人の如く生活圏を壁で囲っておけば死ぬ心配は無いので、凝るポイントなんてデザインくらいしか無い気がします。
縛りプレイというか、やり方にこだわりが無ければすぐに飽きてしまう感は拭えなかったですね…。

MOD入れれば良いのにという声も聞こえそうですが、それは違うんじゃないかと。公式のアプデで使えなくなるなら意味が無い訳で…。



で、『7 Days To Die』。面白いです。面白かったです。
最初はマイクラ寄りのブロック感漂う感じでしたが、最近はあんまり意識することが無いですね。
現代寄りの世界観のためにインテリアとか生活観を出すことに力が入ってたのがマイクラに無い良さでしたね。
銃をぶっ放せるのも面白いですし、ゾンビの襲撃を始め気温だの空腹や渇きだの病気だのと安定させるのが大変なのが緊張感あって良かったです。
ただまぁ、生き残るのが非常に難しいゲームなので、マイクラ慣れし過ぎてたせいか死にすぎて辛かったです。



そしてその後手を出したのが『The Forest』。マイクラとは方向が違うゲームですが、面白かったです。
7 Days To Dieでホラーサバイバルが結構面白いと思ったので手を出してみたのですが、怖すぎでしたわ。
7DtDと違い、水さえちゃんと確保できていれば生き残るのだけは結構何とかなります。
原住民が徘徊しないエリアを覚えればすぐ近所が集落でも結構平和に生活できます。

ただ、夜はヤバイです。心臓に悪い。
水の確保が甘くて渇きに負け、「海岸に酒やジュースが打ち上げられてないかな」と遠出した際に真夜中になってしまったことがあるのですが、日が落ちて何も見えないような中、人間辞めてるような原住民の中でも特にイカれてる変異体の皆様の深夜徘徊や奇声に遭遇して何も見えない中体力の続く限り森の中をダッシュして逃げたのは思い出したくない記憶です。
あれはまだ人の形をとどめていましたが、中には完全に肉塊化したようなのもいるようなので、心臓が体力を取り戻すまでは手を出せそうも無いです…。



そして本題の『Space Engineer』
マイクラをバリバリやってた頃からちょいちょい話には聞いてましたが、日本ではあんまり動画になってないようなので情報が足りずスルーしていました。
最近前述のゲームたちに(いろんな意味で)心を折られたのですが、これはまた楽しめそうです。

どちらかというとマイクラに近いゲームで、宇宙で鉱石を掘ったりNPCと戦闘したり建設を楽しむゲームですね。
宇宙が舞台なだけあって宇宙船を作るのが主目的になりますが、これが面白いんです。
プレイ中は鉱物を探したり掘ったり、それを加工して建材にし、また新しいものを作り…というのを繰り返す感じになるのはマイクラでも似たようなところがありますが、乗り物を作れるゲームであるというのがこのゲームの面白さだと思います。
マイクラでの拠点のように宇宙ステーションを作ってそこへ資材を集積するのも良いですが、このゲームであれば拠点そのものが移動できてしまいます。
遠隔操作や自律行動もできるため一人でも色々なことができますし、プレイヤーが手作業でやっていた採掘や建造、解体も専用のマシンを作れてしまうのが面白いです。
一方で科学の進んだ世界で宇宙にいるだけあってプレイヤーは機械に頼らないと生存ができないため、動力である電力が確保できなくなったり加工・製造系の機械が全滅して詰む危険があるのもサバイバルとして楽しめる要素だと思います。

惑星が存在するワールドも作成できるため、惑星の探索者としてプレイするのも面白そうです。
大気圏では宇宙とまた勝手が異なるそうなので宇宙慣れ(?)したらそちらにも挑戦したいところです。
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  1. 2016/11/26(土) 01:41:45|
  2. ゲーム関係
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最近思ったこと

どうも、最近何をやっても面白く感じなくなってきているQWHRです。
ゲームも開始数時間程度で「めんどくさいなぁ」「面白くないなぁ」「ダルいなぁ」等と思っていくつか梯子するなんてザラですし、
年内には仕上げたいと思っていたTRPGのシナリオも展開や演出と難易度調整のバランスをとるのが難しくて遅々として進んでおらず、
落描きもなかなか創作意欲がわかない上に日に日に程度がダウンしてる気がします。 続きを読む
  1. 2016/11/01(火) 21:07:40|
  2. 日記的なもの
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久しぶりに

どうも、QWHRです。
大変間が空きました。とてもとても長い間が。

ツイッターも久々に呟いてみました。こちらと合わせて長いこと放置してたと思う。
元々が三日坊主な上に、ツイートを眺めたり他愛ないことをツイートしたりという時間や意欲が抜け落ちたのが原因でしょうか。
それだけ日常が充実した…と考えるべきでしょうか。

仕事柄色んな人間と関わる機会が増えました。面倒くさい人間の率が圧倒的に高いですが。
「自分はコミュ障だから…」とか思ってた過去の自分からしたら発狂でもしたんじゃないかと思っちゃいますね。
しかしよくよく考えれば自分の人付き合いの仕方に関しては相変わらずなのでコミュ障なのは変わってなさそうですが…。

仕事の合間とかでコソコソと落書きしたりしてたのですが、完全に時間潰しや創作意欲の発散だけのための真の意味の「落書き」でした。
元々大した画力なんてありませんが、それが余計に落ちてってるんじゃないかと思って久しぶりに気合入れて落書きしたので、久々にここで公開してみようかと。 続きを読む
  1. 2016/10/24(月) 22:48:41|
  2. 創作
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最早生存報告程度にすぎない何か

どうも、QWHRです。
かろうじて生きています。いや、大げさな言い方ですけどね…。

何を言ってるのかと思われそうですが、やはり物事には色々な面がありますね。
長所は時に短所たりえますし、一見特に感じるようなこともよくよく考えると全く得してなかったりしますよね。
落描きレベルでしょっちゅう心折れてサボってるけど、絵を描いてたのがちょっとは役に立つ機会がありました。
まぁ、絵だけじゃなくてガキの時に外で遊ぶより図画工作ばっかりやってたのが活きたと言えますが…。

で、本題?
これまでの全てを放り出して新しい何かを始めようと思っても、これまでの人生全てが全力でしがみついてきます。
『若さ』は『可能性』なんだな、とか思いましたよ、ええ。
良くも悪くも身についたものは簡単には変わりません。
今からでも遅くないのでしょうけど、何かの目標を持って生きてきたかどうかはその後の生き方に随分影響を与えると思います。

とりあえず何が言いたいかというと、時間がほしい。
  1. 2015/09/22(火) 22:49:49|
  2. 日記的なもの
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同じようで違うこと

どうも、QWHRです。お久しぶりです。

日々の生活に追われ、更新が遅れました。
しかしあれですね。
人間忙しくなるとこれまでの生活で何が余分だったかよく分かりますね。
まぁ、労働的な意味で無意味でも人生を満たす的な意味ではそれ程無駄ではないことも結構あると思いますけど。

仕事のためだけに生きたとして、
なんかの理由で仕事を辞めざるをえなくなったり、
定年とかで退職したら何が残るんでしょう?

そりゃ、仕事にやりがいやら生きがいやらを見出すのは人の好き好きですけど、
それが無くなったら一気にボケたり抜け殻や生きる屍みたいになるんじゃないんですかねぇ。

とは言え、一生を捧げる程の意志や覚悟が無い限り日々の糊口稼ぎに追われて集中できないのも確かな訳で…。


で、本題。
「なんで訊かなかった?」「分からなかったら訊いて?」とか、
「なんでできると思った?」みたいなことを言われた時に思ったこと。
我ながらすげぇ屁理屈だと思いますが…。

「間違ってるのに尋ねない(やっちゃった)」っていうのは、
「分からない(けどやった)」のではなく、
「分かっている(つもりでいる)」ってことでしょ?

間違った理解していても当人はそれが『正しい』と思っている訳で、
そして『正しい』んだから訊かないんでしょ?


「分からない」「間違って理解している」って、
同じことのようで全然違うことだと思うんですよ。

ほんとに「分からないな」と思ったら(少なくとも最低限のレベルで)人に訊くだろうし、
「分からないのに訊いてこない」のは、
ものによっては当人だけじゃなくて訊かれる側も問題があるのではないでしょうか?
ここで「そんなの勝手に困ればいい。俺は知らん」って思った方、その嫌な姿勢が滲み出てるから避けられてるのでは?

間違って理解している場合は当人が正しいと思ってる間は絶対に訊いてきません。
なぜならそれで合ってると思ってるから。

簡単な事ですね。
面倒でも相手が「どれ位理解していたのか」から確認していかないと、絶対要らん軋轢を生みます。


後は「人(主に客や自分)のことを考えろ(気遣え)」と言う方。
その言葉を言う前、言った後にどれだけ相手のことを考え(気遣い)ましたか?

ガキの喧嘩じゃないので、「相手がそうだから自分もそうする」「こいつは自分より立場が下だからOK」ではダメでしょう?
立場が違うなら尚更問題だと思います。

奴隷を振り回してるならともかく(それは別の意味で問題ですが)、相手も自由意志で付き従ってるのです。
反感を買われて嫌々やってる感満々で付き従われるのと、
自分のために喜んで動いてくれる"忠誠心"で付き従われるのではどちらがいいですか?

無論これは言われる側も「全受け姿勢で何もしない」のはいけませんが、
将来的に付き従う人間の数が多い方がいいなら、
上に立つ者として気を遣ってあげるべきなのではないかと思います。
まぁ、「頭数は十分だから別に困らないし」とか「ある程度残ってればいいかな」みたいなこと考えてるようなら、
「それなら何故入れた?」「要らないなら他所行ったり他のことすればよかった」って話になります。
相手のことをその程度にしか見てないのなら、
頭数に数えたり何かを要求した時の対応も"それなり"だと思っていただかないと困りますね。
  1. 2015/08/16(日) 01:17:27|
  2. 雑想
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